父子家庭でも生きる (^_^)

 ~重度知的障害の一人息子との日々 そして親の介護~

007【息子の紹介blog④】大切な家族を失って

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 こーじ&ふーじ

こんにちは。こーじです。

今日は息子の紹介③の続きです。

 

てんかん発作が出ながらも

息子は特別支援学校に通学しました。

そして、息子が小学部3年のとき、

平成21年11月に

私の嫁さんが亡くなりました。

突然のことでした。

 

今日はそのことをお話しします。

 

 

【嫁さんの体調】

嫁さんは毎日息子のことを考える日々の中、

自らの体調不良があり、何度か病院で診察を

受けていました。

手術をするか、服薬で抑えるかの判断に

かなり悩んでいました。

しばらく服薬して状態を見ていたのですが、

手術をすることに決心がつきました。

 

私が、言葉では簡単に『手術する決心』

と書いていますが、

当時の嫁さんはとても心細かったり、

悩んでいたのに、私は相談も何もしない

薄情な人間でした。

この頃の私はとても夫とは思えない

ひどい人間でした。

仕事のことばかりで頭がいっぱいで、

嫁さんには、価値観が違うと言って

言いがかりをつけては、

喧嘩ばかりを繰り返していました。

そして、離婚することばかりを

考えるようになり、

浮気心も出てきたり、

嫁さんの気持ちになって考えることもせず、

もちろん、当時9歳の息子のことも

放置のまま、日々を過ごしていました。

 

今でも、どれだけ嫁さんに謝っても

決して許してもらえることはないと

思っています。

 

 

【こんな現実は、、、】

手術日の術後、私は嫁さんのいる病院に

行きました。

まだ麻酔の切れていない嫁さんと、

わずか一言二言くらい話しました。

(この言葉が最後の言葉になりました。)

 

手術は成功したようで、

その後、少しずつ回復していきました。

 

しかし、手術から1週間後、

そろそろ退院という時期になり、

突然亡くなってしまいました。。

(手術が直接的原因ではありませんでした)

喧嘩ばかりしてたけど、こんな現実は

一切望んでいませんでした。

嫁さんの家族の方、親戚の方には

何と謝れば良いのか、錯乱しました。

 

当時9歳の息子の目にはどう映っていたか、

息子は何を感じていたか、

何を言いたかったのだろうか、

計り知れないほど辛いだろうと

私は自分を責めました。

そう考えると、私の犯したことの重大さが

何度も涙となって流れ出てきました。

目の前の取り返しのつかない現実に

ただただ、泣いてばかりいました。

大切な家族を失ったことを、痛いほど

苦しいほど思い知らされました。

しかし、私より辛い思いをした方は、

もっとたくさんいました。

 

息子は言葉は話せませんが、私の手を取って

いつものように接してほしいと

体の動きで示してくれました。

私は泣きながら息子とふれあいました。

 

 

その後、私は嫁さんの家族の方をはじめ

実家の家族、たくさんの方に支えられて

ここまで、生きることができています。

助けられてばかりの人生です。

息子もゆっくり成長してくれています。

感謝の毎日です。

 

盆や彼岸に墓参りしています。

墓を見るたびに、絶対に忘れることのない

この過去を思い出します。

悔やんでも悔やみきれませんが、

息子は何としても立派に育てようと

私なりに行動しています。

 

 

嫁さんは、疲れたから寝てしまったんだよ

私は心の中で息子に言い聞かせながら。

 

 

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今日はとても辛い話を書きました。

泣こうが叫ぼうが、戻ることのない過去。

それを背に、生きていこうと思います。

 

もし、こんな酷い私にもコメントを

戴けるならとても有難いと思います。

 

 

今日も最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

 こーじ

 

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