父子家庭でも生きる (^_^)

 ~重度知的障害の一人息子との日々 そして親の介護~

033 手の指に『あかぎれ』が。。。

こんにちは。こーじです。

 

最近寒くなってきました。(*_*)

寒いので部屋のエアコンをONにすると、

徐々に部屋が乾燥してきます。

 

乾燥すると肌がカサカサしてきます。

 

今は加湿器がないので、大きめのボウルに水を入れて

割り箸を置いてハンカチを浸したりしてます。

ほとんど効果はないかも知れませんが。。

 

私は冬に必ずと言っていいほど手の指にあかぎれ

できてしまいます。

 

いつも油断していて、『あっ。。』と

気付くころには時すでに遅し(*_*)(笑)

毎年のことなんだから、あらかじめ対策しなきゃと

思いつつも何もしてないという、だらしない結果です。

 

そして予想どおりの展開で、、、 

3日ほど前に、右手の人差し指の先に5㎜くらいの

あかぎれができてしまいました。(-_-;)

 

指は、普段何気なくいろんな場面で物をつかんだり、

触ったりしています。

あかぎれが出来たことで、少しのことでも

痛みを感じたり、当たらないように指を曲げたりすると

かなり不便です(-.-;)

風呂で頭を洗うときも、力が入りません。

 

指って何かと重要なんですね。改めて分かりました。

(*^_^*)

  

とりあえず指先を絆創膏で巻いてます。

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 改めて掌を見ると、あかぎれ予備軍がありました。

あちゃー。。。

 

保湿クリームなら防止効果あるのだろうか、、、

しかしたくさんあるから、どれが良いんだろうか(*^_^*)

 

明日にでもドラッグストアに行ってみようかなと思います。

 

あかぎれを防ぐ他の方法もあるのかな。

・水仕事の時にゴム手袋つける

・傷口を早く回復するために栄養も必要

 

よく考えてみなきゃ(*^_^*)

 

 

とりあえず室内湿度対策として、エアコンはつけずに、

ホットカーペットで乗り切ろうかと考えてる

ところです(*_*)(笑)

  

皆様も、あかぎれにはお気をつけください

 

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今日も最後まで読んでいただき

ありがとうございます。

 こーじ

 

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 こーじ&ふーじ

 

 

032 息子ふーじの障害者デイサービスの1日の活動

こんにちは。こーじです。

 

今日は、知的障害のある息子ふーじ(19歳)の

障害者デイサービスの1日の活動内容

紹介したいと思います。(*^_^*)

 

 

【障害者デイサービス 毎週月・水・金】

ふーじの通うデイサービスの活動時間は10:00~15:00です。

月曜から金曜までの毎日、活動があります。

 

ふーじは、通い始めた4月に自傷行為が多発してしまい、

10月まで活動休止したことを踏まえて、

11:00~13:00での時短活動で再開して様子を

見ているところです。

 

まだまだ安定しているとは言えませんが、

それでも、ふーじの表情や行動を見ると、

少しずつ慣れているように思います。

 

 

【11:00頃 デイサービス事業所 到着】

到着後、ふーじはまず着替えをします。

着替えといっても服を脱ぐのではなく、

紙オムツのパッドを交換することです。

 

家では、ふーじの外出後に着替えるという動作を

教えています。

 

ふーじは排泄のサインを出したり出さなかったり

周りの環境で変わってきます。

家でも紙オムツを付けています。

 

ふーじの着替えが終わると、私こーじは

担当者さんに今日の様子を伝えて、

デイサービスの駐車場の私の車で待機してます。

もし不安定になったときに呼び出しがあるからです。

通い始めて1ヶ月半ほど経ちますが、

不安定になることは、今のところないようです。

 

本来のデイサービスでの活動内容では、

作業室で創作したり、ミニゲームで交流したりと

いろいろな内容が決められています。

ふーじは、特別支援学校の高等部あたりから、

教室に入ることを拒否してしまい、教室前の廊下に

座って過ごすことが増えました。

それは今でも見られ、デイサービスの作業室に

入ることは、今のところ出来ていません。

 

作業室に入ることは少し先の目標として、

今は、まずはデイサービス事業所の建物に入って

そこが落ち着ける場所ということを再認識してもらうことを

中心に参加しています。

なので、ふーじのペースでの単独活動です。

 

着替えが終わったら、廊下にある椅子に座って

風船を持ってニコニコしています。

ここの椅子がなぜだか気に入ったようです。

(*^_^*)

 

 

【12:00 ふーじは食べることが大好き】

ふーじは幼い頃から、食に対してこだわりがあります。

米が好きで、療育施設や特別支援学校での

給食は、まず先にご飯から食べていきました。

おかずはその後食べていきました。

 

今は、どんぶり食器にご飯を入れて、

その上におかずを乗せています(*^_^*)

これで、おかずとご飯を交互に食べてくれます。

 

デイサービスには、いつもの慣れたどんぶり食器に

昼食を入れて持って行っています。

デイサービスでは弁当が用意されている(実費)ので、

様子を見ながら弁当に切り替えしています。

 

昼食は12時からですが、ふーじは10分くらいで

完食しています(*^_^*)

 

ふーじは、ほかの利用者さんたちの居る食堂には

入らない(入れない)ので、部屋前の廊下に

テーブルを用意してもらっています。

そこでエプロンを付けて食べます。

 

ふーじは右手にどんぶり(またはデイサービス弁当箱)を

持って左手にスプーンというスタイルです。

左利きです。箸は使えません。

 

昼食後は、廊下の椅子に座ったり、

その周りを歩いたりしています。

 

こうやって、落ち着ける環境を自ら見てもらっています。

 

 

【13:00 今日の活動終わり~】

昼休みが終わる頃に、私は駐車場から建物内に入り、

担当者さんからふーじの様子を聞きます。

 

ふーじに慣れてもらうため、担当者さんは

男女交代しつつ見てもらっています。

 

利用者さんのほとんどがマスクを付けることが

難しい方が多く、コロナウイルス対策にも

限界があるのかなと心配です。

 

そして、担当者さんからの話を聞きながら、

13:15頃に活動は終了です(*^_^*)

 

今はわずか2時間ほどの活動ですが、

少しずつ時間を延ばしていければと思います。

時間延長は長い目で見て、ゆっくりのペースで

いきましょうと、担当者の方と話しています。

 

 

【14:00 帰宅】

中途半端な時間ですが、この頃に実家に着きます。

帰宅後はしばらく部屋でのんびりしていて、

天気が良いときは、ふーじと近所を散歩します。

 

 

【今後のことを考える日々】

今のところ、デイサービスには通えてますが、

将来的にどう導くかを考える日々です。

 

まだ考え中なのですが、

・デイサービス事業所を増やす or  変更

 (活動時間を増やしていく)

・短期入所(ショートステイ)を探して体験する。

・共同生活(グループホーム)も探す。

・施設入所先に予約を入れていく。

 

こんなことを考えています。

相談支援員の方と話しつつ決めていこうと思います。

 

焦りつつも、焦らないように考えています。

 

 

 

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今日も最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

 こーじ

 

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 こーじ&ふーじ

031 寒さが厳しくなっても息子は元気(*^_^*)

こんにちは。こーじです。

 

少し間を開けてしまいました。(*^_^*)

 

12月6日に、昔、父が泣いていたのを見たときの話

お話ししました。

 

 記事はこちらです。

kouji-fuuji.net

 

 

実は先週、私も涙しました。

  

12月10日に私の父が亡くなりました。

82歳でした。<(_ _)> 

 

父は実家から車で10分ほどの病院に入院していました。

肺が悪く、COPD慢性閉塞性肺疾患)を煩い、

もともと食事のときの誤嚥もあったため、

令和2年5月から入院していましたが、

加齢や体力低下と肺機能低下により、

この世を去りました

 

父は若いときから喫煙家🚬で、1日に何本もタバコを

吸っていました。

COPDはそれが原因だといいます。

 

要介護認定4でベッドで寝たきり状態。

口には酸素マスクが付けてあり、

劇的な回復というのは見込めず、現状維持できるかどうか

という医師の話を事前に受けていました。

 

コロナウイルスが広がってきた影響もあり、

家族の面談は、少人数で少ない時間に認められていましたが、

亡くなる1週間ほど前から、制限なく面会許可が出ました。

 

呼吸に乱れが出ることがあり、深夜早朝に

病院から面会に来てほしいとの電話が何度かあり、

その都度、私と私の弟は病院に向かいました。

病院への行き来を繰り返す日々でした。 

 

父が亡くなった日の昼2時ごろ、

その時、私は父のそばにいました。

父の若かったころの写真を見せて、父に語りかけました。

父は時折、反応してくれたようで、わずかに目の動きに

変化があったりしました。

 

私はとても嬉しかったです。(*^_^*)

 

1番苦しかったのは父本人でした。

 

寂しくなりましたが、父は落ち着くことが

できたかなと思います。

 

 

葬儀のときの住職さんから心打つ言葉をいただきました。

 

 亡くなることの悲しさもありますが、

 故人の長い人生を改めて知ることで

 初めて気づくこともあります。 

 

そのとおりだと思いました。

悲しいけど、これまで父が何を考えていたか、

想うことはたくさんあります。

これから、そういう機会も出てくると思いました。

 

知的障害のある息子ふーじは、通夜、葬儀の長時間、

落ち着いて椅子に座ってくれたり、

風船持って遊んでいたりしました。

普段と違う場面で、パニック障害になるかと

心配しましたが大丈夫でした。(*^_^*)

 

 よく頑張ってくれたな

 

息子を褒めました。(*^_^*)

 

 ふーじは、お爺ちゃんが亡くなったことを

理解できているか分かりませんが、

妙に大人しかったので、本人なりに何かを感じていた

と思います。

 

 

週が変わり、今日は月曜日です。

ふーじの障害者デイサービスは、体調や様子を見て

通おうかどうか考えましたが、

私の考えより息子のほうがしっかりしてました(笑)

いつもどおりの生活をして、いつもどおりの

笑顔になっていました。(*^_^*)

 

 ふーじ、強いな(*^_^*)

 

息子から逆に教えられました。

 

そして今日から障害者デイサービスは再開しました。

 

 

アルツハイマー認知症のある私の母は、

父が亡くなったことを理解しているときもあれば、

理解できてないときもあります。

 

家族は5人から4人になりました。

・私 ( こーじ )

・私の息子 ( ふーじ )

・私の弟

・私の母

 

私は悲しむことよりも、母のこと、息子のこと、

そして今からのことにも目を向けていこうと

思います(*^_^*)

 

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今日も最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

 こーじ

 

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 こーじ&ふーじ

 

030 母が腕が痛いと言います

こんにちは。こーじです。

 

先週あたりから、母が

(左)腕がつる。痛い。と言い始めました。

 

症状は数分後に治まるようだったので、

しばらくは様子を見ていましたが、

ここ数日は、しょっちゅう言ってきます。

 

おかしいなと思い、左腕を見せてもらいましたが、

外観は異常ないようです。

筋がつるような状態には、なっていないようです。

(私は素人なのでよく分からないですが)

 

しかし、実家で母と生活している私の弟は、

原因を推測していました。

母が夜中にトイレに行くときに転倒したのを

何度か見たことがあり、起こしたとのこと。

 

もしかしたら、打撲・筋を痛めた、かなと。。

 

母はつかまり立ちで自立歩行はできますが、

身長145センチほどで、体重が68キロの体では

ゆっくりと歩く感じになっています。

 

足腰が弱りつつあるので、通所リハでの活動も

支援してもらっています。

が、最近は散歩を面倒くさがるようになってきました。

 

 母はアルツハイマー認知症で、

トイレに起きたことも忘れてしまうんです。

昼間にトイレに行っても、

行ったことも忘れてしまうほどです。

 

なので、転倒したとしても、記憶に残らないのでは?

という憶測はあります。

 

 

今日、母の左腕に湿布を貼りました。

痛みがひどいようなら整形外科に連れて行こうと思います。

 

母が夜中に起きるたびに見守りすることは難しいので、

角部などにクッションを置かないといけないかなと

考えています。

 

ケアマネジャーさんにも相談しつつ、

対策を考えていこうと思います。

 

現在はこれといった対策がありません。

良い対策方法が見つかり次第、何をどうやったか

お伝えしていきたいと思います。

 

 

エラいことになる前に、何とかしなきゃ

(*´д`*)

 

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今日も最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

 こーじ

 

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 こーじ&ふーじ

 

 

029 息子ふーじのデイサービス活動記録①

こんにちは。こーじです。

 

19歳の息子ふーじは重度知的障害があります。

障害支援区分5です。

令和2年4月から障害者デイサービス(生活介護

通い始めました。

 

通い始めて1ヶ月が経とうとしていたある日、

環境変化も原因なのか、パニック障害で大声を出したり、

自傷行為が多く出てしまったため、

それ以降は通うことを休止していました。

 

調子を整え、相談支援員やデイサービス事業所の方と相談して

10月末から時短(時間短縮)で少しずつ

通えるところまで回復しています。

 

デイサービス事業所までは私が送迎しています。

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ここまでの記事は11月7日にあります。 

kouji-fuuji.net

 

 

今日は、ふーじのその後の様子をお伝え伝いと思います。

第1回目として、

再開初日の10月28日から12月7日までの活動記録です。

 

今後も定期的にお伝えしていこうと思っています。(*^_^*)

 

  

【10月7日 相談支援員、デイサービス事業所と打合せ】

11月17日の記事内容と重複しますが、

分かりやすく再度お話しします。(*^_^*)

 

10月7日、相談支援員・デイサービス事業所・私の

3者面談を行いました。

4月のように1日フルでの活動はまだ難しいと考え、

当面の目標として、

 

 安心して過ごせる場所だということを分かってもらいたい

 建物に入り、昼ご飯を食べて、ゆっくり過ごす。

 

からはじめることになりました。

 

ふーじの特徴や性格を考えて、それを活かせる方法を

細かく考えてみました。

 

 ・食事が何よりも好き

   → いつも実家で使っている食器に、

     いつもと同じように、ご飯、おかずを乗せて、

     弁当として持っていく。

     いつものエプロンも持っていく。

     慣れてきたら、デイサービス事業所の弁当に

     切り替える。

 

 ・賑やかな場所での食事は苦手

    → デイサービス事業所の食堂ではなく休憩用の

     テーブルをふーじ専用で利用させていただく

     ことになりました。

  

 ・音楽を聴くことが好き

   → いつも使っている

     ワイヤレスBluetoothスピーカーを持っていく。

     私が手元プレイヤーで繰り返し再生をセット

     プレイヤーはふーじのリュックに入れる。

     他の利用者さんもいるため音量は小さめに。

     このワイヤレスBluetoothスピーカー

     ふーじが落としても丈夫で、1日中使っても

     電池は切れません。

 

 

 

 ・ゴム風船が好き

   → ふーじは特に黄色を好むので、それを中心に

     各色揃えて小さな入れ物に入れて持っていく。

     ふーじは風船を膨らませるのではなく、

     片手で振ります。

 

 ・ふーじはよく見ている

   → ふーじは気になるものはよく見ており、

     誰もいなくなったら、それを取ってしまう。

     台所に置いたパンやおにぎりなど、

     いつの間にか食べられていました。(笑)

     デイサービス事業所の建物内の写真

     事前に撮らせてもらい、写真帳にまとめておき、

     それを見せて話しかけることにしました。

       (建物内の廊下や食事をするテーブルなど)

 

 ・活動時間は短く

   → 当面は、11時頃着→昼食→13時過ぎで終了する

 

これらを使って短い時間でも、

まずは見通しをもてるような方法で支援をしようと

いうことになったわけです。

 

 

【10月28日から順調に】

初日の10月28日、私は正直ドキドキしていました。 

 そんな思いとは裏腹に、ふーじは堂々と?した様子で

建物に入ってくれました。(*^_^*)

持ってきた昼食を食べてのんびり過ごすことが出来ました。

初日から上手くできました。

 

それ以降、毎日の過ごし方をルーティン化していきました。

 

≪ 毎日の過ごし方 ≫

活動日    

  月曜・水曜・金曜

スケジュール

  11時頃  デイサービス事業所到着 

        お気に入りの椅子に座ってのんびり

  12時   昼食

        エプロンを見ると食事と分かるようです。

        食事後は音楽を聴いたり風船で遊んだり

  13時15分 終了 

 

※ デイサービス到着後、

  私はすぐに駐車場の車内で待機して担当の方に引き継ぎ

 

 

【ここまで、出来たこと】 

・10月28日から12月4日までの間で、14回も活動参加

  (4月は7回目でダウンでしたから立派です)

・11月11日からは、自前の弁当→デイサービスの弁当

 切り替えました。

・12月4日には、相談支援員の方も見に来てくれました。

 

少しでも慣れてくれたかな(*^_^*)

 

 

【順調の様子だけど】

しかし、12月7日(月)のこと、

いつもと同じように過ごしていたのですが、急に昼弁当を

食べなくなりました。

ふーじの好みもあるかも知れませんが、

嫌いなものはなさそうです。

 

食べたくないのであれば、ふーじは嫌な顔をするのですが、

ニコニコしながら立ち止まっていたようです。

何かを伝えたいことがあるのかもしれません。

 

結局、ふーじはこの日の弁当を食べずに帰宅して、

実家で食べました。

 

うーむ。。何があったのかなあ

少し様子を見るしかないかな。

 

普通の人間でも、調子の悪いときはありますよね。

もしかしたら、何かが引っ掛かっていたのかもしれません。

 

 

次回の活動参加は、12月9日(水)です。

 

 

今回はここまでの報告です(*^_^*)

今後も定期的にふーじの活動報告をしていきます。

 

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今日も最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

 こーじ

 

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 こーじ&ふーじ

028 昔、父親が泣いていたのを見たときの話

こんにちは。こーじです。

 

今日は、私が小学生の頃に父が泣いていた切ない姿を見たとき

のお話です。

 

現在、父は82歳です。

実家から車で10分ほどの位置にある病院に入院しています。

新型コロナの影響で面会制限になり、なかなか自由に

会いに行くことはできません。

 

私は最近、昔の父のことをよく思い出したりします。

 

 

【私が小学生の頃】

今から35年くらい前のことです。

(私は現在47歳です (*^_^*)

 

私は小さい頃、父親っ子で、

日頃からよく甘えていたり、遊んでもらったり

していました。

父の仕事は車の物流関係で、平日勤務。

いつも朝7時頃に家を出て、夕方6時頃に帰宅していました。

私は、父の車のエンジン音で、父が帰ってきたと

すぐに分かっていました。

帰宅後はすぐに風呂に入り、その間に母が父の夕食を

用意していました。

 

父は毎晩、晩酌もしていました。

日本酒や焼酎だったと思います。

実は今だから言える話ですが、

父はお酒が好きで、仕事帰りに実家の近くにある酒屋で

ワンカップを買って、その場ですぐに飲み干し、

そのまま車を運転して実家に帰ってきていました。

酒屋から実家までは300~400メートルくらいです。

今思うと、事故しなかったのが不思議です(*^_^*)

 

私と弟が夕食を食べているとき、ほろ酔いになった父と

テレビを見ながらよく話をしていました(*^_^*)

 

夕食後、私は父におんぶしてもらったり、

腕相撲したりしていましたが、父のお酒の匂いだけは

苦手でした(笑)

 

父の帰宅後は、いつもそんな感じの毎日でした。

 

 

【いつもと違った様子の日】

ある日のことです。

私の父がいつものように仕事から帰ってきたのですが、

玄関先で靴を脱がずに、靴脱ぎ場に座り込んだまま、

ジッとしていました。

私は父の帰りを待ちわびていたんですが、

父の背中から、いつもと違うオーラが出ていて、

すぐに抱きつけずに、少し遠くから父の様子を

見ていました。

 

父はいつもなら、すぐに靴を脱いで、

私や弟に抱きついてくるんですが、

このときは様子が違っていました。

 

しばらく下を向いていた父を察した母が、

父のところに寄り添って、背中を擦っていました。

 

すると、父が涙を流し始めたんです。

母は、父に何かを言っていましたが聞こえませんでした。

父は母の声にうなづきながらも、しばらくは

泣いていたんです。

 

父が私の前で涙を見せることは初めてでした。

 どうしたんだろう。。

そんな気持ちで私はいっぱいになりました。

 

父は落ち着いたのか、何もなかったかのように

靴を脱いで部屋に入ってきました。

私は父にいつものように抱きつきました。

 

なぜ、父が泣いていたのかは未だに分かりません。

 

 

【私が大人になって】

そんな私も高校を卒業して、社会人となりました。

29歳の時に結婚して、息子が生まれました。

のちに嫁さんは亡くなってしまい、父子家庭になりましたが。

 

私は日々の仕事で、叱咤激励されつつ

周りの人に支えられてきました。

いつもバタバタしていて、余裕が無いときが殆どでした。

仕事で失敗して、どうしようもないくらい悩んで

下を向いてしまったときや

仕事の辛さや難しさが身に染みてきたときに、

ふと、父も同じような思いをしていたんだろうな、と

よく思い出していました。

 

もしかしたら、父は仕事で失敗して、

悔し涙だったのか、自分を責めていたのか、

その答えは分からないままです。

ただ、滅多に泣くことのない父の涙には

大きな意味があるんだろうなと思っています。

 

もし今、父にあの時の涙のことを聞いても

忘れていることでしょう。

この先、その真意が分からないままだと思いますが、

父が歩んできた生き方と、私の生き方が

重なったときに分かるかもしれません。

 

父が涙したのは47歳の頃。

 

そして、その頃の父と同じ47歳になった私

その思いを私なりに考え、回顧しています。

父と同じ年頃になって、父の思いに近づいてきたのかなと

思えてきました。

 

親から子へ気持ちも伝わっていくんですね。

私も歳をとったということです(*^_^*)

 

私は令和2年3月末で仕事を退職しました。

今は息子ふーじのことを考えつつも、

できる仕事を探しているところです。

 

明日からも頑張らなきゃ。(^-^)v

 

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今日も最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

 こーじ

 

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 こーじ&ふーじ

027 2年前、両親にお年玉を渡したときのこと

こんにちは。こーじです。

今日は、2年前の正月に、実家の両親に

私がお年玉を渡したときのエピソードです(*^_^*)

  

【両親の紹介】

父は要介護4。現在82歳。

令和2年5月から今も入院中です。

喫煙家だったこともあり肺が悪く、足腰も弱っています。

コロナの影響もあって、面会が制限されてます。

2年前は母と共に実家で生活していました(*^_^*)

 

 

母は要介護1。現在77歳

数年前から認知症があり、

数分前のことも分からなくなったり、

物をどこかに置くと、それを忘れてしまうこと

よくあります。

 

 

【今から2年前の正月】

当時、父は実家で生活してました(*^_^*)

母はもともと実家での生活です。

 

日にちは忘れてしまいましたが、正月に

私から両親に僅かばかりのお年玉を渡したんです。

美味しい物でも買って食べてもらえたらと思って。

 

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さりげなく渡したら、

両親とも喜んでもらえました(*^_^*)

 

すると、母が父に向かって言いました

 

  お年玉をなくしたらいけないので、

   私が預かっておくよ。

 父 分かった。

 

父はそう頷くと、持っていたお年玉袋を

母に渡しました。

 

母は、父と母の2人分のお年玉を丁寧に、

引き出しに入れました。

 

しかし、思えばこの行為が、後々に父と母の

論争を呼ぶことに。(>_<)

 

 

【それから数日後】

2年前、私は仕事していたので(今は退職)

週末になって実家に来たときのこと、

両親が何やら揉めています。

 

父 わしのお年玉はどこにあるんか?

 

母 お年玉なんて貰ってないし知らない。

 

この繰り返しでした(*^_^*)

 

私が渡した両親へのお年玉を、母が預かったことを

父は覚えていました。

しかし、母はお年玉をもらったことも

父のお年玉も預かって引き出しに入れたことも

記憶から消えていたのでした。

 

この時には母の認知症も少しずつ進んできていました。

 

実家に同居している私の弟が、状況を見て

お年玉の入っている引き出しを指差し、母を誘導しました。

すると、当然ながら引き出しから2人分のお年玉が出てきます。

 

母は、お年玉をもらったことが分からなくなっていて、

そのときに貰ったのだと思ったようです。

父は、そんな母を見て半分呆れていた様子でした。(*^_^*)

 

私は、今一度母に向かって、

 このお年玉は2人(父母)に渡したんだよ

 美味しい物を買って食べてね。

 

そして、お年玉を入れていた引き出しに

再び戻しました。

  

【さらに1週間後】

また、両親が同じように揉めていました。

 

私の弟に話を聞くと、

実は毎日、父と母は同じ話になり、その度に

揉める形になっていたのでした。(*^_^*)

 

弟が間に入って何度も状況を話してくれていたのですが

母はその都度、分からなくなっているようで、

父は残念そうな顔になっていました。

 

あららら。。。

私が渡したお年玉が原因?になって、

毎日揉めてしまったんだと。。

 

親切心の逆効果になっていたのかな。。。

 

どうしようかと、私の弟と話していたところ、

1つのアイデアが浮かびました。

 

それは、母が預かったお年玉を銀行に入れることを

話してみようということになりました。

 

早速、弟が母に向かって

 弟 そのお年玉、なくしたらいけないから、

   銀行にあずけたほうが良いんじゃない?

 母 うん。銀行のほうが良いねぇ

 父 それが良いわ。

 

実際には銀行に預けずに、私の弟に預けて

実家の生活費の中で使ってもらうことにしました。

 

とりあえず両親とも納得してもらえたようで

話は丸く収まった形・・・だったのかな(*^_^*)

 

 

【そして、現在】

その後も両親は仲が良いのか悪いのか、

いろんな事でよく揉めてしまいました。

 

そんな父は、令和2年5月から入院してしまい、

実家の母は一人です。

 

母の認知症は今でも少しずつ進んでいます。

認知症疾患医療センターに通い、

服薬しながら生活しています。

 

父は回復傾向にありますが、年齢的に厳しく、

退院の見込みは難しい状況です。

 

両親が2人で一つ下の屋根で暮らせることが

1番良いのですが、それも難しくなっています。

 

あれから、正月が来るたびに

父と母が揉めていたことを思い出し、

懐かしく感じる日々です。

 

 

私は今、両親にしてあげることは何だろうか

考えてばかりの日々です。(*^_^*)

 

家族のつながりは大事にしていきたいです。

 

 おしまい

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今日も最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

 こーじ

 

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 こーじ&ふーじ